さがん がばいウルトラ 葉隠走友会主催 第4回 佐賀城本丸ウルトラマラソン130km 大隈重信生誕170年・早稲田大学創立126周年MEMORIAL |
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■ 平成20年1月1日 雪---初日打ち上げ | |||||||||||||
もちろんこの悪天候、強烈な向かい風の中、佐賀城から名護屋城へ走っているメンバーもいたのである。あとで話を聞いたが、初日はサポートもなく、二人だけで黙々と走っていたそうだ。さすがに雪で危険と判断し、七山村・観音峠越えを止め、小城・厳木経由にして、16時過ぎにはゴールされていた。 18時、民宿に到着し、早速初日打ち上げの宴会。年々、弁当やつまみが充実してくる。情報に拠れば、観音峠は雪と凍結で走るのは無理らしく、二日目も厳木経由で走ることになった(上コース図)。正直言って、標高450mの観音峠を越えて75km走り切る自信が無かった。厳木経由だと、難所は標高150mの笹原峠くらいで距離も65km。これなら何とか完走できるかな。21時頃まで飲んでお開き、直ぐ眠りに就いた。 |
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■ 平成20年1月2日 佐賀城本丸ウルトラマラソン(復路) | |||||||||||||
■ 前半:名護屋・民宿富士〜唐津〜相知〜厳木 |
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7時半、舞鶴橋を渡りながら唐津城の写真を撮る。だいぶ雲が切れてきた。唐津ロイヤルホテル手前のコンビニで休憩。永尾さんは別のメンバーを迎えに行くため、ここで一旦我々と離れる。リタイヤしたくても厳木までは頑張らないといけないのである。松浦川沿いを東唐津方面へ。鏡山方面から朝日が昇ってきた。薄雲がかかっていたが、元旦は雪だったので、今年の初日の出である。朝日を浴びるランナーの写真をと思ったが、今日は常に最後尾、後方から撮った写真しかない。 唐津大橋東、国道202号線との立体交差で、行き先がわからなくなる。国道経由なら右の佐賀・伊万里方面。ところが昨日走っている川浪さんは左と言い出す。いつもの浜玉〜七山村経由なら左折だが、今日は厳木経由。地図もなく、昨日走った主催者がわからないとは。幸い、尾形さんが地図を持っておりコースを確認、直進してからつ競艇前を通り、唐津IC出口を右折、相知町へ向かうことにした。平坦でのどかな田園地帯、天気もよくなり、気持ちがいい。しかし足は動かない。8:45、久里双水古墳着。だいぶ汗をかいたので、ベストを脱いだ。西田さんは遅れるからと、いつものように休まず先へ行ってしまう。追いつけない。みんなとの差も徐々に広がっていった。そのメンバーは小さな神社の前で休んでいた。鳥居横の石には丸熊神社と彫ってあるのだが、鳥居には熊野神社と彫ってある。不思議だったので境内を見て回っているうちに、またもみんなに置いて行かれた。相知町の山崎橋で県道40号から国道203号に合流、ここでようやく追い付いた。スタートして30km、それに4時間半もかかっていた。 曲げ伸ばしするたびに膝に激痛が走るようになった。膝が曲げられないので、足を振り回すような感じの変な走り方になってきた。いつもは疲れると、ラン&ウォークで進むが、変な走り方でも一定のペースで走る方が楽だとわかり、休まず3kmくらい走った。途中で、佐賀34kmの標識を見つけ、少し気が楽になった。厳木手前のコンビニでお茶を買う。休んでいたらまた足が動かなくなった。歩きが多くなる。厳木駅を過ぎ、道の駅きゅうらぎまでもうちょっとと言うところで、左手に雪化粧した天山が見えてきた。そして約6時間かけて、38km・道の駅きゅうらぎに到着、残りあと27km。 |
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■ 後半:厳木〜多久〜小城 |
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道の駅で永尾さん・吉田さんが合流、車に積んだ荷物からナパゲルンローションを出してきて、膝などに塗り込んだ。道の駅では温かいものを期待していたが、正月で店は休みだった。仕方なく自販機でコーンスープを買う。休んでいたら足も動かなくなるし、遅れていたので先にスタート、、、しようとしたらみんなも一斉にスタート、そしてアッという間に姿が見えなくなった。道の駅を出ると笹原峠まで上り。しかし標高150m程度なので、だいぶ歩いたがあっけなく峠を越えた。下りで膝が痛み出し、バス停に座ってナパゲルンローションを塗る、その横を西田さんが走り抜け、またも最後尾に。
多久の市内で逆走してきた佐藤先生と合流した。意外に坂の多い多久市内、その坂を上りきったところにうどん屋があった。先行するメンバーはみんな温かいうどんを食べているらしい。しかし余裕のない西田さんと自分は寄らずに走ることにした。多久バイパスとの分岐点からしばらく走るとコンビニがあった。パン・プリンとお茶を買う。休めば膝が動かなくなるし、休む時間も勿体ないので、左手にレジ袋を持ったまま走ることにした。レジ袋ランナーは尾形さんの専売特許となっていたが、真似をしてみると、直ぐにものを食べることが出来たりと、なかなか具合がいい。東多久駅を過ぎて東部中・小前、また膝の痛みが強くなり、休んでナパゲルンローションを塗り込む。うどんを食べてきたメンバーに抜かれた。でも残り18km、時間はまだ昼をちょっと過ぎたくらい、何とか完走、いや完歩できそうな気がしてきた。 多久から小城へ。相変わらず最後尾は西田さん・佐藤先生と自分の3人だった。小城の町中に入る。羊羹屋が目立つ。佐藤先生が、ここの羊羹が美味しいと教えてくれたのが、元祖むら雲堂本舗。七山村・観音峠が凍結していなければ小城を通ることはなかった。せっかくなので羊羹を2本買い、店主としばらく雑談。この間に、佐藤先生・西田さんの姿は見えなくなった。 |
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■ 小城〜佐賀城本丸ゴール |
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膝はもはや限界、それでもゴールできたのは厳木経由に変更されたことで、観音峠を越えずにすみ、距離も10kmほど短くなったから。観音峠越えだったら、おそらく車の世話になっていただろう。そんな気持ちを日の丸に寄せ書き、それを持って記念撮影して、ホテルへと向かった。 |
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■ 佐賀城本丸UMゴールの打ち上げ、そして翌日は、、、
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佐賀駅前の東横インにチェックイン、それから極楽湯へ。19時からホテル近くの焼鳥屋・かちがらすで打ち上げ。膝の状態を考えると、翌日の北九州ウルトラRC新春ラン・企救半島一周35km参加は無理だろう。明日のことは考えずにしっかり飲んだ。21時にお開き、Saga
Light Fantasyのイルミネーションを見ながらホテルに戻る。見事早大が今日の箱根駅伝往路優勝を遂げたことをスポーツニュースで知った。
3日、朝6時に目が覚めた。膝の状態は最悪、痛くてホテルのユニットバスの段差でも激痛が走った。とても走れる状態ではない。しかし一晩寝て、気が変わった。行けるところまででいい。着替えて7:31の特急に乗り、小倉へと向かった。 Running Diary:北九州ウルトラRC新春ラン |
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