最後の九州ブルトレ「はやぶさ・富士」 Vol.1
2008年12月

H20.12/28 下り・はやぶさ(海老津〜教育大前)

Vol.1 2008年12月 Index
 子供の頃、カメラなんか持てない時代は切符の収集が趣味だった。探してみると、昭和42年8月19日のはやぶさ号の寝台券が出てきた。夏休み、親と里帰りしたときのもののようだ。当時はまだ20系の窮屈な三段寝台だったが、食堂車も付いた豪華な列車は里帰りの時の楽しみの一つだった。東京−九州間のブルートレインといえばはやぶさの他に、さくら・みずほ・富士・あさかぜといった豪華編成の列車が走り、国鉄の看板列車だった。しかし新幹線や飛行機に客を奪われ、廃止に追い込まれていく。食堂車もロビーカーもなくなり、夜行列車の長旅を楽しむこともできなくなった。
 全国各地のウルトラマラソンに参加するようになり、大会終了後の移動に夜行列車や夜行バスを利用することがある。最近ではH18年9月4日、村岡ダブルフルの帰りに「はやぶさ」を利用している。しかし車輌は古いまま、ベッドのライトも点かなかったりと、落ちぶれた姿にがっかりだった。サービス低下で客に見向きもされなくなるのは当たり前、というより既に廃止が決められていたのかもしれない。
 それから2年後の2008年12月19日、九州で最後まで残っていたブルトレ、はやぶさ・富士号の廃止が発表された。その翌日から、最後の活躍を追った。

はやぶさの特急券・寝台券
左はS42.8/19、右はS44.8/16


H18.9/4 はやぶさ・富士 山陽線下り:大阪・徳山
ウルトラマラソン遠征時に、何度か夜行列車や夜行バスを利用した。夜行バスが3列シートでゆったりできると言っても、寝返りを打てないのは辛い。寝っ転がれる寝台列車にはかなわない。
2004年、にちなんおろち(鳥取)の帰り、夜行列車での移動を考えたのだが、小倉着が早過ぎるか遅過ぎるかでちょうどいい時間帯というのがない。本数が減り、便利な時間帯から追いやられた悲哀を感じる。結局、朝5時前に着く「あかつき・彗星」を予約したが、台風で運休になってしまった。
2006年、村岡ダブルフル(兵庫)の帰りに大阪から「はやぶさ・富士」に乗った。小倉まで乗ったら仕事に間に合わないので、途中徳山で新幹線に乗り換えた。大阪〜徳山間5時間45分、これが九州ブルトレでの最後の旅となった。
(Canon PowerShot A710 IS)

大阪駅

徳山駅
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H20.12/20-21 はやぶさ 鹿児島線上り:東福間〜東郷、下り:赤間〜東郷
はやぶさ・富士の廃止を知った翌日、早速カメラを持って出かけた。しかし、、、
冬至の前日、一年で日の入りが最も早い頃である。流し撮りしようと真っ暗な畦道に立ち上り・はやぶさを待ったが、さすがに無理だった。

翌21日、朝から冷たい雨が降っていたが、赤間〜東郷間でカメラを構えた。来年3月に廃止されるまで、はやぶさ・富士を追う日が始まった。

東福間〜東郷間で上り・はやぶさ

赤間〜東郷間で下り・はやぶさ
撮影機材 Body Canon EOS 40D
Lens EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM
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H20.12/28 はやぶさ 鹿児島線下り:海老津〜教育大前
28日に二度目の撮影行。この日は快晴、下り・はやぶさを撮りに再び赤間へ向かった。
その昔、学生時代に赤間に住んでいたことがあり、土地勘があった。ふと思い出し、教育大前駅の手前ではやぶさを待つことにした。
畦道を上っていく。先着のカメラマンが一人いて、邪魔にならないようにカメラを構えた。正面を望遠で狙い、その後は広角で、なんて考えているところにいきなりはやぶさがやってきて、慌てて望遠ズームを装着、途中で標準ズームの広角寄りでシャッターを押しまくった。天気が良くて、赤い機関車と青い客車のコントラストが美しかった。
この場所には1ヶ月後にも訪れているが、その時は対照的、とんでもない天気になった(H21.1/25 海老津〜教育大前)。
撮影機材 Body Canon EOS 40D
Lens EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM
EF100-300mm,F4.5-5.6 USM
※一部の写真は背景を加工。
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