Uc DM Lecture-3b
糖尿病の慢性合併症
気がつかずに放っておくと、いろいろな合併症が出てくるのが糖尿病の怖いところ。例えば、
糖尿病網膜症による重度の視力障害は、年間3,000人も発生し、中途失明の原因として最も多い
・H10年の新規人工透析導入30,051人中、糖尿病腎症が10,729人(35.7%)でついに第一位となった
これらの合併症はいずれも長い間、高血糖状態に曝されることで起こってきます。
慢性合併症の症状・検査・治療を解説していきましょう。
目 次 1.慢性合併症の種類
2.各合併症の症状と治療
 2-1.神経障害
 2-2.眼の合併症
 2-3.腎症
 2-4.動脈硬化・メタボリックシンドローム
 2-5.感染症
 2-6.壊疽
3.血糖コントロールと合併症
関連情報 合併症に関する大規模臨床研究(DCCT Study、Kumamoto Study、UKPDS)
Lecture8 コントロールの目標
をクリックすると、実際の症例写真で網膜症・壊疽を解説しています

1.慢性合併症の種類
高血糖状態が長い間続くと確実に起こります。
合併症による症状は不快で生活の質を損なうだけでなく、時に突然死など命に関わることもあります。
糖尿病は血管と神経を侵す病気です→全身の病気
■ 三大合併症
神経障害→合併症の初発症状として多い
網膜症→最悪の場合失明、大人になってからの失明原因の第一位
腎 症→最悪の場合尿毒症で透析、透析導入患者の1/3を占める
■ その他の合併症
動脈硬化→糖尿病だけでなく境界型(予備軍)の段階から進行が早まる
糖尿病性壊疽→あらゆる合併症の寄せ集め
白内障・緑内障
感染症
放っておくと・・・
予備軍 糖尿病
動脈硬化 5年 7年 10年 20-30年
神経障害 網膜症 腎症 末期合併症
初期の合併症は血糖コントロールにより進行は防げます。
ところがある段階を越えるとどんなに血糖コントロールをよくしてもどんどん進行していってしまいます。現時点では残念ながら進行した合併症を治す(元の状態に戻す)ことはできません。
そこまで進行する前の、早期発見・予防(血糖コントロール)が重要です。


2−1.糖尿病神経障害
■ 神経障害の分類と診断
■ びまん性神経障害
高血糖によって生じる神経障害は一般に、手足先に対称性・びまん性に起こります。
罹病期間が長くなるにつれ、神経の変性・脱落も進行していきます。
遠位対称性多発神経障害(感覚神経、運動神経)
自律神経障害
■ 限局性神経障害
まれに神経を栄養する血管の閉塞や圧迫により、一箇所の神経だけに障害が生じることもあります。
数ヶ月の経過で自然治癒することがあります。
単一神経障害(動眼神経麻痺、顔面神経麻痺、手根管症候群など)
筋萎縮

■ 糖尿病神経障害の簡易診断基準−−−下記3項目のうち2項目以上
両側性の足趾先・足底のしびれ・疼痛・異常感覚
両側アキレス腱反射の低下・消失
両側内顆振動覚低下
これらの症状・所見に加えて、温痛覚・触覚などの表在知覚、自律神経障害、筋萎縮などの有無により、病期・重症度を評価する。
■ 神経障害の症状
■ 感覚神経障害
感覚神経は痛み・熱さ・冷たさ・振動などの感覚を伝える神経です。
感覚神経の障害により、次のような症状が現れます。
異常知覚:足の裏のジンジン感、ピリピリ感、灼熱感
足がつる
足の裏に紙をはったような感じ等
進行すると感覚が麻痺して痛みも感じなくなる
一般に手足の先から左右対称に起こってきます。
感覚鈍麻は壊疽の原因となることがあり、決して侮れません。
■ 自律神経障害
自律神経は血圧・脈拍・体温・発汗などを調節する神経です。
自律神経の障害により、次のような症状が現れます。
これらは血糖コントロールを乱したり、突然死の原因になったりすることがあります。
便秘・下痢・胃の運動低下(胃もたれ)
立ちくらみ(起立性低血圧)
無痛性心筋梗塞:心筋梗塞・狭心症でも胸痛などの症状が出ない、突然死
排尿障害・残尿
発汗異常
勃起障害(ED)
無自覚性低血糖:低血糖時の動悸・冷汗などが出ない
■ 神経障害の機序

神経細胞にソルビトールが蓄積して神経が傷み、
その結果常に痛みやしびれを感じたり、
進行して神経線維が脱落すると、感覚が麻痺する。
ポリオール代謝経路
ブドウ糖からソルビトールを経てフルクトースへ至る代謝経路。
糖尿病状態で血糖が高くなると、アルドース還元酵素を有する神経・網膜・水晶体・赤血球・腎臓などの細胞でポリオール経路が活性化され、細胞内にソルビトールが増加します。その結果浸透圧が上昇し細胞が損傷したり、ミオイノシトール取り込み低下による神経細胞機能障害、NADPH消費によるNO低下(循環障害)と還元グルタチオン減少(酸化ストレス増大)、PKC活性化、AGE蓄積などにより神経障害などの合併症が起こると考えられています。
■ 神経障害の治療
■ 治療の原則
良好な血糖コントロールの維持が重要。
一般的な薬物療法としては、抗けいれん剤、抗うつ剤、ある種の抗不整脈剤、血管拡張薬、ビタミンB12などが使われます。

■ アルドース還元酵素阻害剤
ポリオール代謝において、ブドウ糖はアルドース還元酵素によりソルビトールになります。その酵素の働きを抑えてソルビトールの蓄積を抑制し、合併症の進展を抑制しようという薬です。


2−2.眼の合併症
■ 糖尿病網膜症
眼の奥の光を感じるところが網膜です。網膜には細かい血管が無数にあります。
■ 単純網膜症 この血管がもろくなるとコブ(毛細血管瘤)ができたり破れて出血したりしますが、病変は網膜内に限局している。この時期には自覚症状がありません。
ただし黄斑症といって、黄斑部に浮腫などの病変が強い場合、早期から視力低下を来すこともあります。この場合、光凝固や硝子体手術、ステロイド注射などが行われます。

■ 増殖前網膜症 網膜の血管がつまり、その虚血部に軟性白斑網膜内細小血管異常数珠状静脈異常を認めるようになります。病変の活動性が高く、増殖型へ進行するおそれがあります。増殖網膜症への進行を阻止するために、光凝固が行われます。

■ 増殖網膜症 進行して血管がつまり新生血管硝子体増殖膜ができた状態で、病変が網膜から硝子体へと波及したもの。硝子体出血や網膜剥離、緑内障を起こし、次第に視力が低下、ついには失明します。このような進行した網膜症に対する治療には光凝固、硝子体手術がありますが、失った視力を元に戻すことはまず不可能といっていいでしょう。

成人になってからの失明の原因は、1991年の調査では糖尿病網膜症が18.3%を占め、原因疾患の第一位、年間約3,000人もの患者さんが高度の視力障害に陥っていました。2005年の調査では緑内障についで第二位でしたが、19.0%を占め、また患者数も増加しており、中途失明の原因として重要な合併症であることに変わりはありません。
症状が出てからでは手後れです。
従って糖尿病の診断を受けたらまず眼科を受診し、異常がなくても半年〜1年に1回は必ず眼底検査を受けるようにして下さい。
増殖前網膜症例の眼底写真
これでも視力低下は自覚していない
詳しくは糖尿病の眼底写真
■ 糖尿病網膜症の治療
■ 早期の糖尿病網膜症
良好な血糖コントロールの維持が重要。
血圧・脂質管理も重要です。
この他に薬物療法(血管強化剤、循環改善剤、浮腫等吸収促進剤)が行われることもあります。

■ 進行した糖尿病網膜症
増殖前〜増殖網膜症や黄斑症になると、血糖コントロールや薬物療法では抑えられず、レーザー光凝固や硝子体手術が行われます。

■ レーザー光凝固
網膜の血管が閉塞すると新生血管ができ、増殖網膜症へと進行していきます。このような箇所をレーザーで焼いて、増殖網膜症への進行を抑えます。
黄斑症では光凝固により浮腫を抑えます。

■ 硝子体手術
硝子体出血で眼の中が濁ってしまったり、牽引性網膜剥離を起こすおそれがある時、黄斑症などに対して硝子体手術が行われます。
■ 白内障
水晶体(レンズ)が白く濁った状態です。
糖尿病によるものと老人性とがありますが、手術により視力は改善します。
網膜症を合併した場合でも、白内障の手術をしてから網膜症に対する治療を行うこともできます。


2−3.糖尿病腎症
腎臓には糸球体と呼ばれる毛細血管のかたまりがあり、ここで血液が濾過され尿が作られます。
網膜症同様糸球体の血管も糖尿病で障害を受けやすいところです。
血液を濾過する糸球体の模式図
結節病変ができたり、血管壁が厚くなったりする。
糸球体高血圧が負荷をかける。
蛋白尿が出現し、次第に腎機能が低下していく。
さらに進行すると血液が濾過できず尿毒症になる
■ 糖尿病腎症の分類
■ 腎症前期 尿中アルブミンが正常の段階で、糸球体過剰濾過を呈することがあります。

■ 早期腎症 顕性腎症となってからでは進行を抑えることが難しく、そのためより早期に診断して早期に治療を開始することが必要となります。
診断のためには尿中アルブミンを測定します。
早期腎症は微量アルブミン尿の段階で、その基準は以下の通りです。
 時間尿 20-200μg/分(30-300mg/日)
 随時尿 30-300mg/g・cre

■ 顕性腎症 通常の試験紙で持続的に尿蛋白が陽性となった段階です。
 尿アルブミン 200μg/分以上(300mg/g・cre以上)
 尿蛋白 500mg/日以上
顕性腎症期では高血圧の合併も増えてきます。
顕性腎症後期になると腎機能が低下してきます。
また大量に尿蛋白が出て血中の蛋白が減少すると、浮腫を生じるようになります。

■ 腎不全期 糸球体が荒廃して腎機能が著明に低下し、血液を浄化できなくなります。
 血清クレアチニン >2.0mg/dl
 クレアチニンクリアランス <30ml/分
最終的に尿毒症になると透析をしなければなりません。
最近では新しく透析を始めた患者さんの1/3を糖尿病性腎症が占め、年々この割合が増えています。平成10年にはついに原因疾患の第一位になりました。

■ 糖尿病腎症の治療
■ 血糖コントロール−−−腎症前期〜顕性腎症
他の合併症と同様、腎症の発症・進展阻止のためには良好な血糖コントロールの維持が重要です。
なお膵移植により血糖正常化した場合、腎糸球体病変の是正には10年を要すると報告されています。

■ 蛋白制限食−−−顕性腎症〜腎不全
蛋白質の過剰摂取は腎機能を悪化させるため、蛋白尿を呈する時期から、蛋白質摂取を制限し腎機能の悪化を抑えようというものです。
 蛋白質摂取量 0.8g/kg/日(腎不全期には0.6g/kg/日)

■ 血圧コントロール−−−早期腎症〜腎不全
腎症を発症すると血圧が上昇し、そのことがさらに腎症を進行させます。
糖尿病合併の高血圧では厳格な血圧管理が必要ですが、腎症発症時はさらに厳格な管理が必要となります。
 糖尿病合併高血圧の降圧目標 130/80mmHg
 顕性腎症合併時の降圧目標  125/75mmHg

■ アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤・アンジオテンシンU受容体拮抗薬(ARB)
糸球体高血圧是正のために、降圧剤であるACE阻害剤・ARBが有効で、これらの薬剤により腎症の進展が抑制されることが確認されています。
高血圧を伴うような症例では、第一選択で使われます。
糖尿病腎症病期分類と治療法のまとめ
病 期 臨床的特徴 病理学的特徴
糸球体病変
主な治療法
尿蛋白 GFR
第1期
腎症前期
正常 正常
時に高値
びまん性病変:無〜軽度 血糖コントロール
第2期
早期腎症
微量アルブミン尿 正常
時に高値
びまん性病変:軽度〜中等度
結節性病変:時に存在
厳格な血糖コントロール
降圧治療
第3期A
顕性腎症前期
持続性蛋白尿 ほぼ正常 びまん性病変:中等度
結節性病変:多くは存在
厳格な血糖コントロール
降圧治療
蛋白制限食
第3期B
顕性腎症後期
持続性蛋白尿 低下 びまん性病変:高度
結節性病変:多くは存在
厳格な降圧治療
蛋白制限食
第4期
腎不全期
持続性蛋白尿
S-Cre上昇
著明低下 荒廃糸球体 厳格な降圧治療
低蛋白食
透析療法導入
第5期 透析療法施行中


2−4.動脈硬化
糖尿病では境界型(予備軍)の段階から動脈硬化の進行も早まり、全身至るところで血管が詰まってしまいます。
糖尿病が存在することで、脳梗塞や虚血性心疾患発症の危険は2-4倍になるとされ、高血圧症や高脂血症などの合併により、その危険はさらに高まります。
脳梗塞−−−麻痺、歩行障害など
心筋梗塞、狭心症−−−胸痛、心不全など。無自覚のこともある
閉塞性動脈硬化症−−−歩くと足の痛みや疲労を感じ休み休みでないと歩けない
高血糖により糖化・酸化を受けた変性LDLコレステロールが増加する。
内皮細胞が障害され、動脈硬化を起こす増殖因子などが放出される。
さらに変性LDLをため込んだ泡沫細胞が出現し、粥腫(アテローム)が形成されていく。
アテロームが大きくなって破れると、血栓ができて血管が詰まってしまう。
■ メタボリック・シンドローム
■ インスリン抵抗性とマルチプルリスクファクター
糖尿病や高脂血症、高血圧といった動脈硬化の危険因子は、軽い異常でも、これらがいくつも集積することで、より動脈硬化が促進しやすくなることが明らかになり、シンドロームX・死の四重奏・内臓脂肪症候群などの病態が提唱されてきました。
単にこれらの病気を併発したというのではなく、一つの共通した病態(インスリン抵抗性と高インスリン血症、内臓脂肪型肥満)から動脈硬化の危険因子が重複し、相乗的に動脈硬化を促進するというものです。
最近ではメタボリック・シンドロームと呼ばれ、下記のような診断基準が提唱されています。大元の原因に肥満・運動不足に何らかの遺伝因子があり、いくつもの危険因子が集積して、虚血性心疾患や2型糖尿病のリスクが増大するというものです。
シンドロームX
Syndrome X
(Reaven)
死の四重奏
Deadly Quartet
(Kaplan)
インスリン抵抗性症候群
Syndrome of Insulin
Resistance(DeFronzo)
内臓脂肪症候群
Visceral fat syndrome
(松澤)
インスリン抵抗性
高インスリン血症
耐糖能障害
高中性脂肪血症
低HDL血症
高血圧
上半身肥満
耐糖能障害
高中性脂肪血症
高血圧
高インスリン血症
NIDDM
脂質代謝異常
高血圧
肥満
動脈硬化性疾患
内臓脂肪蓄積
耐糖能障害
高脂血症
高血圧

■ メタボリック・シンドロームで見られる病態
中心性肥満
高脂血症:高トリグリセリド血症、低HDL血症
高血圧:130/85mmHg以上
インスリン抵抗性、耐糖能異常
血栓易形成状態:フィブリノーゲン増加、PAI-1増加
前炎症状態:高感度CRP上昇

■ メタボリック・シンドロームの診断(アメリカ・NCEPの基準)−−−下記5項目中3項目以上が該当
中心性肥満−腹部周囲径が男性>40インチ、女性>35インチ
空腹時トリグリセリド−150mg/dl以上
低HDL血症−男性<40mg/dl、女性<50mg/dl
血圧上昇−130/85mmhg以上
空腹時血糖−110mg/dl以上

■ メタボリック・シンドロームの診断(日本内科学会2005)
中心性肥満−腹部周囲径が男性 85cm以上、女性 90cm以上
 があり、下記のうち2項目以上が存在する
中性脂肪 150mg/dl以上 and/or HDL-C 40mg/dl以下
収縮期血圧 130mmHg以上 and/or 拡張期血圧 85mmHg以上
空腹時血糖 110mg/dl以上
 


2−5.感染症
細菌や真菌に対する抵抗力が落ちます。
特にコントロール不良例や合併症のある例では、しばしば重症の感染症を併発します。
皮膚化膿症・水虫
膀胱炎・腎盂炎・腎膿瘍−−−膀胱機能の低下(残尿)
肺炎・結核−−−呼吸機能低下、誤嚥
胆嚢炎・肝膿瘍など


2−6.壊疽(エソ)
慢性合併症の寄せ集めであり、なれの果てとでもいうべきものが壊疽です。
手後れになると最悪の場合足を切断しなければならないこともあります。
普段から足を清潔に保ち、また毎日必ず足を観察して下さい。
■ 壊疽の起こる機序
■ 神経障害
温痛覚の低下によりケガ・火傷に気が付かない、深爪
タコ(胼胝)ができやすい、関節・足の変形
自律神経障害による発汗減少のため、皮膚の乾燥・亀裂を生じる
潰瘍ができても気が付かない
■ 血管障害
酸素・栄養供給が不十分
傷が治りにくい
組織での免疫能低下
■ 感染症
コントロール不良、神経障害・血管障害の存在は、感染症を起こしやすくする

詳しくは壊疽の進行


3.血糖コントロールと合併症
合併症を予防するには、血糖コントロールを良くするしかありません。
良好な血糖コントロールを維持することで合併症の発症を防ぎ、進行を阻止することが可能ということは、大規模臨床試験(DCCT、Kumamoto study、UKPDS)により証明されました。

HbA1cと合併症の関係(Kumamoto studyより)
HbA1cが高くなるほど合併症が増える
 HbA1c>9%はかなり深刻
 合併症予防にはHbA1c<6.5%
詳しくは、合併症予防に関する大規模臨床研究


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